冨田 智夫 氏
株式会社庫や(くらや) 代表取締役社長/株式会社日本銘菓総本舗 代表取締役 (2022.03.09)
1987年立命館大学卒業後、専門商社の蝶理に入社。92年6月兼松に入社し、繊維部門でOEM事業やブランドビジネスを手掛けた後、2007年ニューバランスジャパンに入社。営業本部長、常務執行役を経て、2012年社長就任。2015年からはニューバランス本社VP職を兼務。2019年3月にニューバランスを退職後、2020年3月に現職就任。
アドバンテッジパートナーズが今、力を入れているビジネスの一つに「日本銘菓総本舗構想」がある。地方で愛されている銘菓・名産品メーカーをグループ化して、事業承継や投資を通じて成長させていくという地方創生の意味合いも持つ取り組みだ。既に、庫や(くらや・栃木県那須塩原)、トアヴァルト(栃木県宇都宮)、エコール・クリオロ(東京都小竹向原)の3社が傘下に入っているが、今後も積極的にグループ企業を増やしていく方針だ。日本銘菓総本舗と、そのグループ傘下第1号企業である庫やの代表を務めるのは、元ニューバランスジャパン社長の冨田智夫氏だ。2012年から2019年の冨田氏の在任期間中、ニューバランスは大型旗艦店など直営店を数多くオープンしたり、ECビジネスを拡大するなどして、売上を2倍以上に拡大する大躍進を遂げた。そんな冨田氏が、今全く異なる業態でチャレンジするのにはどういう背景があるのか。インタビューを実施した。
[1]企業の紹介、今後の展開について教えてください
私は2020年3月より、庫やと日本銘菓総本舗の代表を務めています。
庫やは、年間約500万人が訪れる一大観光地の栃木県那須塩原で「チーズガーデン」というパティスリーを運営しています。観光客向けのお土産が中心で、シグネチャーの「御用邸チーズケーキ」は那須塩原を代表するお土産として有名です。もともとは那須塩原市内のみに複数店舗を展開していましたが、最近は東京、大阪、名古屋など全国各地で店舗を展開しており、今年に入ってからも新店舗を3店オープンしました。1984年の創業以来約30年近くに亘って創業者がトップを務めていましたが、2018年3月にアドバンテッジパートナーズが経営権を譲り受けました。
日本銘菓総本舗は、アドバンテッジパートナーズが2018年8月に立ち上げた持株会社です。日本各地にはその土地土地で長く愛され続ける銘菓がありますが、後継者の問題や投資資金など様々な事情から、廃れてしまったり停滞してしまっているケースが数多くあります。そうした銘菓を手掛ける企業を事業承継により傘下に収め、投資や経営支援を通じてグループ一丸となって成長していくことを目指しています。傘下に入った第1号企業が、私が代表取締役社長を兼任している庫やです。その後はコロナ禍の影響で少し時間が開いてしまいましたが、2021年3月に庫やの子会社という形で宇都宮市内の欧風菓子店「グリンデルベルグ」を運営するトアヴァルト有限会社、2021年8月に東京・小竹向原に本店を持つパティスリー「クリオロ」を運営するエコール・クリオロ株式会社の経営権を取得しました。これに伴い、新たにエコール・クリオロの代表も兼務することになりました。コロナ禍から回復しつつある中で、今後はグループの拡大を一層加速させていきます。
[2]自己紹介をお願いします。(現在に至るまでのキャリアの変遷と転機について)
87年立命館大学法学部卒業後に、新卒で商社の蝶理に入社し、92年に同じく商社の兼松に転職して、商社2社で延べ20年働きました。その後、2007年から12年間ニューバランスジャパンで働きました。
商社時代は繊維部門に所属しました。最初は、大手アパレル企業に対して中国や東南アジアなど海外から低コストで製造した衣類を供給するOEM事業を手掛けていましたが、次第に自社でブランドづくりに進出するようになりました。海外ブランドから付与されたライセンスを国内のアパレルメーカーに再付与するサブ・ライセンス事業を手掛けたり、海外ブランドからマスター・ライセンスを取得して日本におけるブランディングや店舗展開を自社で手掛けていました。
次第に1つのブランドの発展に集中していきたいと考えるようになり、2007年に兼松の元上司が社長を務めていた縁でニューバランスジャパンに営業副本部長として転職しました。2012年に社長が事故で急逝された時、常務取締役として営業部を統括しており、アメリカ本社との関係が深かったことから私が社長に就任することになりました。その後、2019年まで約6年に亘り社長を務めました。
ニューバランスジャパンでは、様々な変革を主導しました。ニューバランスのシューズが好きという理由で入社したという社員が多く、高いロイヤリティは強みでもある一方、成長を阻害している側面もありました。常にビジネスの改善を考えている業態の商社出身の身から見ると、改善余地が多々あったのです。
まず営業本部長時代に行ったのが、代理店削減とキー・アカウント戦略の推進です。当時は時代的にも直営店舗は東京・大阪の2店舗とアウトレットとまだまだ少なく、95%以上が小売店への卸売でした。ただ卸売は全て代理店を経由していて、小売店の担当者と直接話をすることができず、こちらの意思がうまく伝わらないこともありました。代理店を経由することで最小限の社員数で済む、在庫リスクをヘッジできるというメリットはあるものの、キー・アカウント(大型顧客)と直接取引することでより大きなビジネスをした方がより大きなメリットがあると考え、キー・アカウントについては代理店を経由しない直接取引に切り替えました。
社長就任以降は、アメリカ本社と良い関係が築けていたこともあり、比較的新しいことをしやすい環境だったので、更に積極的に変革を行いました。1つ目は、シューズのラインナップ拡充です。元々はスニーカー一辺倒でしたが、ランニングシューズや種目別のスポーツシューズなどを加えてラインナップを拡充しました。2つ目は、アパレル内製化によるトータルブランドへの転換です。当時日本ではニューバランスのアパレルはライセンスを付与した商社が手掛けていて、ニューバランスジャパンはシューズしか扱っていませんでした。ただ、競合のスポーツブランドはどこもアパレルも直接手掛けていて、トータルブランドとして成長していました。ほとんどのスポーツブランドは起源をシューズに持ちますが、シューズだけでは成長に限界が来るので、アパレルに進出しトータルブランドとしての成長を目指すのです。キー・アカウント戦略で取引先と太いパイプを持っていても、他のブランドがトータルブランドでビジネスをする横で、ニューバランスだけがシューズとアパレルで窓口が分かれているのはブランドの発展性を考えれば望ましい状況ではありません。アパレルを内製化してトータルブランドでビジネスをするべきだと判断し、ライセンス契約を終了し、自社で手掛けるようになりました。トータルブランドとして展開するには、消費者に対してブランドの世界観を発信するのは重要です。しかし、アパレルはまだ内製化したばかりで実績がないため、小売店で単独のコーナーを作っていただくのは難しいという問題がありました。自社で直営店を展開することでトータルブランドとしての世界観の発信の成功実績を作りました。3つ目は、D2Cビジネスの強化です。直営店のオープンによる消費者への世界観の発信に加えて、2013年にはEC事業をスタートし、売上の2割にまで引き上げました。
スニーカーブームという追い風もありましたが、さまざまな取り組みを通じて社長就任時に200億円だった売上は退任時には500億円強にまで成長しました。こうした実績から2015年からはアメリカ本社のVP職も兼務しました。そして2019年3月に、外資としてはかなり長い期間社長を務め、やり切った感もあったので契約更新のタイミングで退任しました。1年間ゆっくり休んだ後、2020年3月に現職の庫やと日本銘菓総本舗の代表に就任しました。
[3]なぜ今の会社/ポジションを選択されましたか?(なぜ経営者を目指されたのですか?)
ニューバランス退職後は、スポーツメーカーやアパレルメーカー数社からお声掛けいただきましたが、スポーツメーカーでは12年働いたニューバランスと敵対することになりますし、アパレルメーカーはブランドのリストラクチャリングから入らなければならない企業が多かったので前向きには考えられませんでした。その中でアドバンテッジパートナーズからお声がけいただいた、庫やと日本銘菓総本舗の代表というポジションはこれまでとは全く違う業種ということもあり興味を持ちました。話を聞いてみると、まず日本銘菓総本舗の構想が面白いと思いました。日本銘菓総本舗の代表としてどこの企業をグループに入れるべきかをアドバンテッジと一緒に考えていけるのは魅力的ですし、これまでのグローバルスタンダードを日本に持ち込むアプローチとは全く逆の、日本の宝である食文化を手掛ける企業を内側から変えていくというチャレンジができるのも魅力的でした。また、足元の基盤もしっかりしていて、成長戦略も描けそうだということもあってお話を受けることにしました。
[4]経営者に必要なメンタリティ、スキル、経験とは何でしょう?
一般的な回答かもしれませんが、リーダーシップです。人それぞれ自分にあったリーダーシップの執り方がありますが、自社が置かれた状況において的確なリーダーシップを発揮することが重要です。例えば、成長企業に求められるのは、ゴール設定をしっかりと行い、いかにそのゴールを超えられるか現状を多角的に分析しながら導いていくリーダーシップです。一方、厳しい状況にある企業では、改善しなければならない点を見定めて改善のPDCAを多く回し、逆に伸びている点を見出してしっかりと伸ばしていくリーダーシップが求められます。
庫やの話をすると、社員は皆自社の商品に誇りを持っていてロイヤリティが高いものの、創業以来30年間オーナーが全てを決定するワントップ体制が続いていたため、皆オーナーの意思決定に従うという受け身のスタンスでいました。まずはその体質を改善することが必要だと判断しました。具体的に行ったのはシニアリーダーシップチーム(SLT)の組成と、中期経営計画(中計)の導入です。SLTは部門長会議のようなもので、部門を超えた情報交換や各人のオーナーシップ醸成のための場として週次で開催しています。中計はそれまで庫やで作られたことはありませんでしたが、今後会社がどのように変化していくかを示し、判断の指針ともなる大切なものです。また、経営について最も深く考えることができるのが中計策定のプロセスなので、中計策定にはSLTメンバーにも参加してもらうようにしました。そして、中計の内容は全社員に向けてプレゼンテーションしています。私はリーダーとして、SLTのミーティングにおける議論をファシリテートし、中計で定めた会社のあるべき姿・ゴールを達成するための高いモチベーションを維持するというリーダーシップを執っています。
また、コロナ禍というこれまでにない環境下では、特別なリーダーシップが求められました。私が就任して間もなく、初の緊急事態宣言が発出され、書き入れ時のゴールデンウイークには全店舗を休業せざるを得ず、売上は大幅に落ち、大量の廃棄を出してしまいました。一方で緊急事態宣言解除後にGO TOトラベルで急激に需要が回復した時には、今度は供給回復が追いつかず、急激な需要変化への対応の弱さが露呈しました。もともと定番商品が多く、これまでは需要変動がほとんどなかったので、あまり意識されてこなかったのです。ですので、1週間単位での需要予測を導入し、急な需要変動に対応できるよう工場の体制を大幅に変更しました。そして、こうした目下の応急処置だけでなく、アフターコロナ/withコロナの環境下を見据えた成長戦略も検討し続けました。今年も新規店舗を出店するなど積極的に投資を行っていますし、今後の成長に向けて “お土産”に依存している現状を変えようとしています。お土産は息の長いビジネスですが、それ一本で戦う訳にはいきません。今後、デパ地下や都心のマーケットなど、新たなフィールドで戦っていくための戦略を検討しています。
[5]これらのスキルなどをどこで手に入れたのでしょうか?
ニューバランスジャパンの社長時代です。日本法人のトップとなると、アメリカ本社への交渉もしますし、日本のビジネスの責任者として様々なディシジョンを行うことになるので、見ている景色は部門長・役員クラスから大きく変わります。庫やの部門長達にその景色を少しでも体感して欲しいというのがSLTを組成し、中計策定に参加してもらっている理由でもあります。
「ポジションが人を育てる」という言葉がありますが、私はこれは真だと思っています。一般社員としては冴えなかった人が、昇進してマネジメントを担うようになった途端に急に能力を発揮する姿を何度も見てきました。必ずしも全員が成功するとは限りませんが、高いポジションに挑戦することで能力が引き出される人が多いというのも事実です。
[6]過去に体験した最大の試練やストレッチされたご経験について教えてください。
ニューバランスで変革を行った際には、試練が多くありました。自己紹介でもお話した通り、営業本部長時代にはキー・アカウント戦略を推進するために代理店を大幅に減らしたり、社長時代にはアパレルを内製化するために長く付き合いのあった商社に付与していたライセンス契約を終了する交渉を行いました。社内でも抵抗感を示されましたし、特に後者のライセンス契約終了の交渉はかなり長期化し、ハードネゴシエーションとなりました。最終的には折衷案を提案することで、ソフトランディングすることができました。反対の声やリスクがある中で物事を推進していくのは大変でしたが、私自身必要なことだと強く確信していたので辛いとは感じませんでしたし、会社が成長している環境下であったこともあり乗り越えることができました。
[7]ファンド投資先企業で働く際の特徴について教えてください。
勿論一般にイメージされる通り数字の報告説明も求められますが、それは当然のことですし、報告準備を通じて気づくこともあるので、私自身は大変だとは感じていません。それ以上に、経営者と同じ目線から企業の成長を考えて、定性面も含めてディスカッションをしてくれるのは非常にありがたいと感じています。アドバンテッジパートナーズの場合は、成長に必要と判断した投資に対しては非常にサポーティブで、この時期に小売店で新規出店する企業は珍しい中で、庫やは今年3店舗を出店しました。また、成長に対して必要な情報やリソースを提供してくれます。地方の一中小企業である庫やが、自社で対応するのが難しい問題に対してスピーディーにソリューションを持ってきてくれるので大変助かっています。特に実感している例で言うと、ブランディングを強化したいのでCMO人材を採用したいと相談をした時にはすぐに候補者を探してきてくれました。庫や単体では採用が難しいハイレベルな人材であっても、アドバンテッジのネットワークを活用することで採用することが可能です。
また、これはアドバンテッジならではのお話ですが、外食産業という近い業態の企業に数多く投資しているので、コロナ禍が落ち着いたタイミングで投資先企業間のネットワーキングを通じてビジネス上のシナジーを創出してくれるのではないかと期待しています。
[8]経営者となった今、何を成し遂げたいとお考えでしょうか。
コロナ禍もようやく収束に向かいつつあり、庫やはようやく成長に向けたスタートラインに立つことができます。これまでの1年半を準備期間と前向きに捉えて、新たな成長路線を創出していきたいです。日本銘菓総本舗もコロナ禍を経て各企業の成長路線を描きやすくなったので、M&Aの動きを加速させています。アフターコロナ/withコロナの環境下での日本銘菓総本舗のあるべき姿について、アドバンテッジパートナーズとしっかりと議論しながら、良いグループ形成をしていきたいと思います。
[9]最後に、マネジメントポジションを目指す方にメッセージをお願いします。
先程も少しお話しましたが、私は「ポジションが人を育てる」と考えています。まずは、ご自身が目指すゴールをしっかりとイメージし、そのゴールを達成するために必要なチャレンジを積極的に取りに行くことが重要です。中には思うような成果を得られない方もいるかもしれませんが、間違いなく将来に向けた成長機会にはなります。ご自身をしっかりと見つめて、高いポジションにチャレンジすることで、成長機会を逃さないようにしてください。